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ピーマン、ししとう、とうがらし。

名前も、形も、色も、そして味もみんな違いますが、これらは全てナス科とうがらし属の同一植物です。

1492年、コロンブスがインドと間違えてアメリカに到達したとき、インド原産の木の実であるコショウと勘違いしてとうがらしをヨーロッパに持ち帰ったため、コショウと同じペッパーという名で呼ばれるようになりました。

ヨーロッパに広がったとうがらしは、1600年頃にポルトガル人によって日本に伝わり、「南蛮胡椒」と呼ばれていました。現在も九州ではとうがらしをコショウと呼びますし、南蛮と呼ぶ地方もあります。

沖縄では、しまとうがらしを「高麗胡椒」といい、「朝鮮または中国から渡来した」と言われていますが、キムチととうがらしの国である韓国では、逆に「トウガラシ(コチュ)」の語源は日本語の胡椒(コショウ)で、「日本から渡来した」と広く信じられているのも面白い話です。

南米からヨーロッパに渡ったトウガラシの中から、18世紀になって、カプサイシンの少ない、辛くない品種が生まれました。やがて、ピーマンやパプリカの誕生につながる甘とうがらし、スイートペッパーの誕生です。

カプサイシンが少なくなったのは、冷涼な気候に適応して遺伝子が変化したためで、こうした自然の変化は、既存の遺伝子の欠如によって起こります。ヨーロッパに渡った人類の中から、紫外線を吸収するメラニン色素を発現する遺伝子が少なくなって、白人や金髪が生まれたのと同じ現象で、こうした遺伝子の減少で生まれた性質は、遺伝子的には潜性(劣性)です。したがって、既存の辛いとうがらしと交雑すると、一代目の子は頸性(優性)の辛いとうがらしになってしまいます。

固定種時代のししとうや甘とうの中には、時折、辛いものが出て種屋へのクレームの原因になりました。交雑していない甘とうがらしにも、少量のカプサイシンがありますので、高温乾燥や低温で成長が遅れると、果実に含まれる辛味成分の蓄積が多くなり、辛味を感じてしまうことがあるようです。猛暑の2010年は、ピーマンが辛くなったという声が多かったそうです。

ピーマンのF1種誕生!

ピーマンの品種改良が最も進んだのはアメリカで、1828年にできた「カルフォルニアワンダー」は、肉厚の大果で、今でも固定種の「さきがけ」などにその血が受け継がれています。

肉詰め料理などに使われていた肉厚ピーマンの果肉が、薄くて細身になったのは、F1時代になってからで、中国にあった獅子型ピーマンと交配したことによる変化と言われています。最近までF1ピーマンの作り方は、母親品種の雄しべを蕾のうちに引き抜いて、残された雄しべに異品種の花粉をつける「除雄」という技術で作られていましたが、1986年頃に高知で「昌介」という品種から、また1990年頃に長野で「東京ピーマン」という品種から花粉が出ない「雄性不稔株」が見つかったため、研究機関では雄性不稔利用へと一斉に舵を切っています。

パプリカも・・・

赤やオレンジ、黄色などカラフルで甘いパプリカは、初めはオランダからの輸入品で、オランダパプリカと呼ばれていました。「昔のカルフォルニアワンダーの完熟果を使っている」という説があったように、、肉厚でジャンボな形は、カラーピーマンの象徴でした。

これだけ大きな果実を赤く完熟するまで枝につけておくためには、高いガラス温室のような設備と大量の燃料、それに一枝に一果という整枝摘果技術と非常に長い栽培期間が必要です。

露地で雨に当たると熟す途中で腐ってしまう大型パプリカは、家庭菜園で作れる代物ではないのです。このパプリカを日本の小型ビニールハウスでも作れるようにしようと、現在のF1ピーマンのような小型で肉の薄い品種への改良が進められています。

そのうち家庭菜園でも手軽に栽培できるF1パプリカがお目見えするかもしれません。しかし、その新品種は、きっと雄性不稔F1で子孫を残せない生命になっているでしょう。

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