資格・自己啓発

オルテガのエリート論

ねお
スペインの哲学者オルテガ。現代の危機をいかに乗り越えるのかを歴史から探った多彩な文明論は、現代の日本に多くの示唆を与えるよね。
一体どんな示唆だよ
リノ
ねお
エリートって、本来のエリート意識とは何だろう

それは挺身殉難(ていしんじゅんなん)の志を持つことじゃ!
船長マテオ

リリアナ
挺身殉難(ていしんじゅんなん)・・・調べたら「率先して身を投げ出し、困難な物事にあたること」だってぇ むずかしいわね



1962年から新聞に連載された試論(エッセイ)で、『大衆の反抗』という非常に読みやすい啓蒙的な文明論で世界中でロングセラーになった大変な本です。

オルテガは「大衆社会」の病理を分析して、次のようなことを言っています。

大衆の生活レベルが上がり、地位が向上すると、それ自体非常に結構なことなのだが、問題は、いかなる規範にも服そうとはせず、エリート意識を闇雲に排斥する「大衆人」という西洋の文明史上類例のない人間のタイプが生まれることだ。それが圧倒的多数を占めて社会を支配するようになった時が西欧社会の没落である。

オルテガの言う「大衆人」とは何かというと、単なる「大衆」ではなくて、エリート意識を持たないだけではなく、持つことを嫌がり、持っている人を排斥しようとする人たちのことを指します。

裏を返せば、エリートというのは、その社会のために、自分の利益とは関係なく、その社会のためにしなければいけない、やらざるを得ないという特別な責務を受諾する人のことであると。

つまり「断れれば簡単に断れるのに、ご苦労様に、そんな苦労を進んで引き受けるなんてそんな馬鹿な」というのが大衆人であって、「だからこそやるのだ」というのがエリートです。

したがって、労働階級の中にもエリートと大衆人がいるわけです。貴族にだってエリートがいるかもしれませんが、大部分が大衆人で、みんなバカ息子、バカ娘なのです。

だから、エリートであるか否かは社会階級とは関係ありません。「意識」の問題なのです!意欲の問題です。というのがオルテガのエリート論なのです。

ちなみにオルテガは「エリート」という言葉は使わず、「選ばれた者」という言葉で表現しています。今の言葉でいえば「エリート」という言葉が一番ピンとくると思います。

これもオルテガが言っていることなのですが、人類の歴史が始まって以来、古今東西どこでも、社会というものは単に大勢の人間の集合ではなく、それには固有の特別な構造があるのだと。それは一握りの選ばれた者と、多数の大衆つまり人並みに安楽に暮らしていきたいという志のない者との二つの要素のダイナミックな統一であると。

だからエリートは社会的権力を握ることを許容されているわけです。

しかしエリートと大衆の関係というのは、そのときの権力を持つものと権力をふるわれるものとの関係とは必ず一致するものとは限りません。ただこの二つの階層に分かれるというのは不可避なのです。これはそれ自身否定するわけにはいきません。

社会というものはこういうもんなんだと。ただし例外的にそれが崩れるときがあります。それは、特別の責務を受諾するエリートがすべて消滅したときです。

船長マテオ
その場合は、社会は消滅するか滅亡寸前にあるということになるな…。

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